(転載)地震の後で-神の子どもたちはみな踊る-村上春樹
これは、2011年3月13日にヤスが書いたエントリを転載したものです。震災の事を忘れないようにこちらに転載しておきます。
村上春樹が、関西大震災の後に書いた連載小説に『神の子どもたちはみな踊る』というものがある。
これは、テーマを「地震の後で」とされた小説群だ。
それぞれの小説は、関西大震災の後の別の場所で物語が始まり、終わる(あるいは始まるだけの小説もある)。
その中で人々は疲れ、失われ、損なわれている(多くの村上春樹の小説と同じように)。
この週末、僕は久しぶりにこの小説を読んだ。
—
先週起きた地震は、東京に住む私の生活すら大きく変えた。
テレビをつければすでにトラウマとなったいくつかの映像が流される。
音楽を聞く気にもなぜかなれず。もちろんDVDをみようとも思えない。
新しい仕事のことを考えなくてはならないのに、どうしても頭がそこに向かない。
ビジネスパートナと会話をしてもどうしても地震のことになる。
普段話をしない実家の両親と会話をする。
午後4時とかに眠くなり、8時ごろまで寝てしまう。
起きてテレビをつけてもやはり同じあの映像だ。
twitterでは、さまざまな情報と感情と意見が入り混じっている。
それらをみてもしょうがないと思いながらも目を離せない。
肩がこる。頭がぼーっとする。
疲弊している。
でも、何に疲弊しているのかがわからない。
眠る。余震で目が覚める。
浅い眠りしか訪れない。
地面が液体になってしまったように感じる。
堅いはずの地面が失われてしまったように感じる。
日常が失われてしまったように思う。
—
『神の子どもたちはみな踊る』の主人公たちもみな、どこかしら失われ、損なわれている。それは地震とは直接関係がないのだけれど、離婚だったり、
過去の記憶の中の物語だったり、いろいろなものを失っている。
それはおそらく、地震的なものなのかもしれない。どうしょうもない理由でそれらは失われてしまったり、損なわれてしまったりしている。
けれど、彼らは小さなきかっけで上を向いて歩き始めるように感じる。
そうじゃないのかもしれないけれど。そう思う。
村上春樹は、物語についてこんな風にいっていたように記憶している。
「なんらかしらの仮説を別の仮説に置き換える事によって、救いを与える」
と。
おそらく違う言葉でいっていたし、もしかしたら僕の誤解かもしれない。
けれど僕はこの本を通して、上に書いたような救いを与えてもらったように思う。
僕たちは生きていかなければならない。
強くそう感じる。
名もない、何もできない僕だとしても、僕には僕の物語がある。
それと同じように誰かにも誰かの物語がある。
僕たちは、そのお互いの物語を、いつくしみながら生きていく必要がある。
明日、いつものように電車にのって社会に参加しよう。
ネットの力を、もっとビジネスに
私たちsix1は、インターネットを用いる事で、貴社のビジネスをより加速できると仮定します。
エッジの立った商品を作り、商品をクリエイティブにプロモーションし、商品を地道に改善していく。
このプロセスを徹底することで、ネットの持つパワーによって、ビジネスをより加速化する事ができる、と。
なぜ、そう仮定するのか? 今現在でも、私たちはインターネットが本来持っているパワーを、
十分に活かせている企業はそんなに多くはないと考えているからです。
私たちSix1は、1997年というインターネットビジネスの黎明期からネットビジネスに関わってきた
二人のビジネスユニットです。
商品企画&サイトプロデュースを得意とする福田とプロモーション&マーケティングを得意とする鈴木。
私たち二人のナレッジを、ぜひ、貴社ビジネスにご活用ください。six1 ホームページ